どうなってるの?ブログ

とある好奇心の航跡

ブラジルにて ③ ~日本人の印象②完結編~

前回の続きです。
http://akitsuyoshino.hatenablog.com/entry/2017/05/14/070032

日本の家は小さい。日本の国土は小さい。

こんな風に飲み屋のおっさん達から言われたわけですが、家の大きさについては前回反撃をしました。

次は国土ですが…。
この時は反撃できませんでした。
何と言ってもブラジルの国土は日本の23倍。
世界5位を誇っているのです。
ブラジル人が日本を小さいと思うのは当然なのでしょう。
だから、単なる事実として受け止めても良かったんですが…。
ただ、引っかかる感じがあったんです。
というのは、彼らのイメージする日本の大きさが、実際の大きさよりはるかに小さいように思えたからなんです。
あんな小さいところにどうやって住めるんだ?
ぐらいの感じで言ってくるわけですよ。
そこに人口が多いイメージが加わることで、彼らが思い浮かべる日本というのは、国土全体にビッシリとミニチュアみたいな家が密集し、余ったスペースなんてほとんど無い、という事態になってるようだったんです。
そこまで極端に国土が狭いわけではないことはなんとか説明できたと思うんですが、じゃあどのくらいの広さなのか、というのは上手く伝えられなかった。
国土の大きさを示す具体的な数字は覚えてなかったんです。
ただ、僕個人としては日本の国土を狭いと体感したことはありませんからね、その感じを伝えたかったんですけど…。
やはり言葉の壁は大きくてですね。
それで簡単に、

僕は日本を狭いと思わないよ〜

なんて言ったら、ウッソだ〜ってめっちゃ言われました。すげ〜小さいじゃんって。
クソ…!
僕の中で、もういいや!ってなりました。

次に日本人は働きすぎてて、全く遊ばない、の件です。
僕そんな詳しくないですけどね、日本人は働きすぎだって日本国内でも問題視されてるのは知ってましたから、そこは否定しませんよ。
でもね、全く遊ばないって何なんだよ!って思いましたよね。
飲み屋のおっさんはこう言ってくるわけです。

日本人は朝から晩まで働きまくって、帰って寝るだけだろ?一日16時間働くんだろ?

って。
いくらなんでもみんながみんな、帰って寝るだけの生活してないし、日に16時間も働くわけないじゃない。
そりゃそういう生活してる人もいるでしょう。
僕もそれに近い生活してる時ありました。
でもそんなの、会社とか仕事によるじゃないですか。

それ言いました。
会社とか仕事によるよって。
そしたらおっさんは、

ウッソだ〜!ニュースでやってたぞ!みんなそんな生活してるって言ってたぞ!

って言うんですわ。
もうね、どこのニュースだよ。連れてこい、そいつ! って言いたくなりましたよね。
まあ、言葉の問題で、実際に言ったのは以下の言葉です。

みんなじゃね〜よ。みんな16時間も毎日働いてたらみんな死んじまうじゃね〜か!

おっさんは、そりゃそうだな…みたいな顔を一瞬しましたが、まだ納得はしてないようで、
でもなぁ…ニュースで言ってたもんなぁ、と食い下がるんですわ。
しつこいなぁと思いつつ、ビールを飲んでいると、

日本人ってアルコール飲まないんだろ?

と聞いてきたんですよ。
は!?お前の目の前で飲んでるのは誰なんだよ!
って言おうかと思いましたが、そこはグッと堪え、
 
飲むよ。

とだけ、言いました。
へ〜〜って顔してましたね。
どんだけクソ真面目な国民だと思われてるのか…。これはちょっと想像を超えてるなって思いました。
僕の周りの日本人なんて飲む人ばっかりだし、何なら毎日飲んでますからね。
そんな人世の中ザラにいるわけじゃないですか。
どうやらここのブラジル人達は、そんな呑兵衛の日本人がいるとは思いもしなかったようなんです。
女の子だって飲むよ。と言うと、ウソだろ!?
って感じで、もう彼らの日本人像というのは根底から覆されたかのようなリアクションなんですよ。
しかし、そうはさせじと彼らは抵抗するわけですが…。
なんで抵抗するんだよ!って思いますよね。
日本人がそう言ってるんだから素直に信じてくれよって。
ともかく、ここのおっさん達には、土日には家族で色んな観光地に出かけたり、友達同士で飲みに行ったり、遊び行ったりする、そういう日本人のイメージが無いみたいでした。
多分おっさんの主たる情報源はテレビでしょうから、テレビがそういう偏った情報を流してるのかもしれないですね。 
しかし、そうだとしても見る側の理解の仕方にも疑問があります。
流石に、日本人の一日の平均労働時間が16時間だ、なんていう明らかな誤報をニュースが流すわけありません。
このおっさんの場合、自分が既に持っていた日本人のイメージに寄った形でニュースの情報を誤って理解してしまったんだと僕は予想します。
と言うのも、実はこの後、この田舎街から何千キロも離れた場所で、そのようなことが起こる現場を見てしまったのです。

それは年始のニュース番組でした。
世界の色んな国の年末年始のイベント事を紹介していたのですが、その中で日本の餅つきの様子も紹介されてたんです。
そしてご丁寧にも、毎年餅を詰まらせて亡くなる老人がある、という情報まで言い添えてありました。
それを見た、あるブラジル人のおっさんは、口をあんぐり開けて興味深そうにしていました。
そして後日。
僕の目の前で、そのおっさんは別のブラジル人に、日本人は米を炊いて、ブラジル人のように食べたりはしない!(ブラジル人は米が主食で、炊いて食べます)炊いた後、ベッタンベッタン木で打っ叩いて、ネバネバにしてから食べるんだ!そしてそれを詰まらせて死ぬんだ!と言っていたのです。

おい、ちょっと待てと。

ここに自分がいて良かったと思いましたよ。
日本人は基本的に米を炊いてそのまま食うし、餅はいつも食うもんじゃない。食って死ぬ人も確かにいるけど、そんなに危ないもんじゃないよ、と説明させて頂きました。

つまりですね、このブラジル人のおっさんは、正月の餅つきを日本人の日常的行為だと拡大解釈した。
そしてそこには、日本人は変わった習慣、理解に苦しむ習慣を持つ人達であって欲しいという、願望の力添えがあったように思えました。
たった1分の映像と、彼の元々持っている日本観が反応して、新たにヘンテコな日本観が作られた…。
この時はテレビでしたが、これがテレビではなく、ユーチューブだったとしても同じことが起こることは容易に想像がつきますね。
いや、ユーチューブでの方が、よりそのようなことが起こりやすいかもしれません。
何しろ、放送されるものをただ受け身で見るのではなく、自分の好みと傾向に合う動画を積極的に選んで見ることができるわけですから。
ますます自分の固定概念を強化してしまう可能性が十分にあります。
前回も紹介しましたが、サソリの串焼きを食べる中国人の動画を見て、中国人、日本人、韓国人はみなサソリを食うと思ってしまう、というのはその典型例ではないしょうか。
ちなみにこのサソリの件は、今回ブラジルに滞在した中で、何度も言われました。
で、その度に僕は、この映像は日本でも韓国でもなく、中国のものであると。しかも、中国人がみんなサソリを食べるわけではなく、一部の人が時々食べたりする程度なんじゃないか、と説明するのですが、なかなか信じてくれません。
まず、中国や韓国や日本が違う文化を持ってるということを覚えるのが面倒臭そうです。
見た目同じだから全部同じだと思ってるし(実際よく言われます)、その先入観を変えることに、まるで嫌な勉強をするような抵抗があるようです。
中国や韓国や日本はヤバい!って思ってたほうが分かりやすい上に面白い。
それが現実は違うということになると、分かりにくい上に、小バカにできるネタが一つなくなるので面白くない、そんな風に見えました。

今回のブラジル滞在中に、僕が幾度も聞かされた日本の印象は、このサソリの件だけではありません。
ここでもう一度、前回のブログに書いた、僕が飲み屋で聞かされた日本の印象をおさらいしてみましょう。

まず褒められてる点。

1:日本社会は非常に秩序がある。
2:科学技術が発展している。
3:日本人は礼儀正しい。
4:日本人は頭が良い。
5:経済的に豊か。(店の親父は世界一位の経済力だと思っていた)

次に決して褒めてはいない点。

1:目が細い
2:ち○こ小さい
3:女は胸が小さい
4:働き過ぎで全く遊ばない
5:国の面積が小さい
6:家が小さい
7:自然災害が多い
8:犬を食う
9:サソリを食う
10:ジャッキーチェンすごい

ここに書かれていることは、褒められてる点も、決して褒めてない点も全て、あの場末の飲み屋だけに留まらず、行く先々で繰り返し何度も聞かされました。
まるで日本人に会った時にはそう言うように教育でもされてるかのように。
そして上に書いたこと以外によく言われたのには、日本人は信用できる、というのがあります。
これは本当によく言われました。
一番よく言われたかもしれません。
それに、目が細いっていうのと(これは左右の手で目を横に引っ張り、極限まで目を細く見せる仕草とともに言われるのが通常のパターンです)、犬を食う、というのを合わせて、よく言われることTOP3と言えそうです。
この一番言われたかもしれない、日本人は信用できる、という日本人観は、言うまでもなく一朝一夕で作られたものではありません。
日系移民の方々、特に一世や二世の方々がブラジル人社会に強烈に印象付け、守り続けてきたものでしょう。
日系移民がこの国に存在せず、日本人がブラジル人にとって、単に遠く離れた国の人達に過ぎなかったのなら、信用できる、という印象は決してブラジル人の中に浸透していなかったと思います。
信用とは人と人との密な関係の中で、ある程度の時間をかけて醸成されていくことでしか作られないものでしょうから。
他の日本人観に関しては、どこかで聞き齧ったり、映画やテレビやネットで見たりした程度でも、広まっていけるものばかりではないかと思います。


と、こうして見てくると、ブラジル人が持つ、なかなか複雑な日本観というのが浮かび上がってくるんではないでしょうか。
一口に尊敬されてるとも、バカにされてるとも言えません。
両方あるんですね。

ブラジル人は日本の文化に対して、ほとんど仰ぎ見るように、尊敬してる部分があります。
それは、日本人は信用できる、秩序がある、礼儀正しい、という評価に現れています。
こうして日本を褒める時のブラジル人には、一方でブラジルときたら、もうめちゃくちゃだよ…という自嘲的な態度が見られることもしばしばでした。
そこにあるのは、ブラジルは到底日本のようにはなれない、という諦めにも似た感覚のようでした。
しかしそうして日本を褒めた人が、次の瞬間には日本をバカにするような感情を覗かせたりする。
それは多くの場合、日本と中国、韓国の区別についての会話の中で明らかになります。
彼らは大概、これらの国の区別に無頓着で、3カ国全てで同じ言葉を使い、一人っ子政策があり、言論の自由は無く、犬を食うと思っていたりする。
そんなことはない、文化も政治形態もそれぞれ違うんだよ、と僕が言うと、そんなことはない、同じだろ? っと返事が返ってくる。
とは言え、そう言う彼も分かっているはずなんです。
試しに、寿司はどこの国の食べ物だい?と聞いてみます。すると迷わず、
日本だ!
という返事が返ってきます。
寿司は中国や韓国の食文化であるというイメージにはなっていない。
日本のオリジナルの食文化であるという認識がしっかりあります。
そして、信用できる、秩序がある、礼儀正しい、という日本人に対する印象を、中国人や韓国人にも持ってるのか?と聞くと、そういう印象は持っていない、という返事が返ってくる。
となれば、彼の中で日本人と中国人と韓国人は食文化も国民性も違うものとして認識されているということになります。
少なくとも、日本の特性と思われているものが、中国や韓国のものとしても認識されているわけではない。
しかし、逆はあるのです。
つまり、中国や韓国の文化を日本も共有してることになってる。
一人っ子政策は中国の政策だよ、とか、日本人は犬を食べないよ、と伝えた時に、若干残念そうな顔をして、中国も韓国も日本も一緒だろ?っと言い返す彼らの表情からはアジア人の区別なんてどうでもいいんだという、侮蔑の感情も読み取れるのです。
ここに、僕は不思議な矛盾を感じてしまいます。
日本人を尊敬すると言っていながら、日本人と中国人と韓国人の区別なんかどうでもいいとも言う。
日本人を含めた東アジア人全てを見下したような態度をとる。
この矛盾して見える心理は、僕が接したブラジル人の多くに共通してあるもののようでした。
僕は今回のブラジル滞在の中で、このことをどう解釈したらいいのか分からず、戸惑いを抱き続けていたように思います。
しかし旅も終盤に差し掛かった今は、何となく、僕なりにですが、彼らの心持ちが分かるような気がしてきました。

まず、彼らは基本的には東アジア人の、恐らくはモンゴロイドの身体的特徴を見下している部分があるのだと思います。
そして、遠い場所にあり、長い歴史を持ち、独特な文化を育んだ東アジア全般にミステリアスなイメージがあります。
そこには何かしら惹かれるものがある一方で、心理的距離も感じています。
あくまで、東アジアは異質な文化圏であり、親近感は抱きづらいのです。
東アジアに幾つかの国があることは知っていても、その違いまでは知らない。
非常に漠然とした、オリエンタルなイメージで一括に捉えているわけです。
しかし、そんな東アジアの国の中で、唯一日本には具体的なイメージを持ちやすかった。
東アジアで唯一、日本からは大量の移民が渡ってきたからです。
日系移民に接したブラジル人は、日本人の特徴を具体的なイメージを伴って理解し、それが伝聞としてブラジル社会に浸透していきました。
そしてその特徴の中には、ブラジル人が尊敬したがるものも多く含まれていたのです。
しかし、日系移民も今や3世4世の世代が多くなり、彼らは生まれも育ちもブラジルで、つまりブラジル人です。
日本文化の特徴は当然失ってきている。
そしてその人口もブラジルの総人口の1パーセントを占めるに過ぎない。
となると、東アジアのなかで唯一具体的なイメージがある日本人にしても、現在身近に感じられる存在ではありません。
一度、東アジアのヴェールの向こうから顔を出し、強烈な印象を残した日本人は、再びヴェールの向こうの東アジアに去ってしまったのです。
そう、あのミステリアスで、惹かれる部分がありながら、異質であり、親近感が湧かず、肉体的にはちょっとバカにしたくなってしまう人々の文化圏、東アジアです。
ブラジル人はそんな、心理的距離のある東アジアの情報を雑に扱ってしまう傾向があるように見えます。(いや、実は他の地域に対してもそういうところがあるのですが、ここでは言及しません。)
そこには日本人も当然含まれているのです。
こういったところに、僕が出会ったブラジル人の多くが、日本に対して尊敬と侮蔑という、両極端な感情を同居させていた理由があるのではないかと思います。
更に、この20年くらいは中国人と韓国人の移住者が増えてきたようです。
その中で、特に中国人のイメージがあまり良くないようなんですね。
ブラジル人の中でも、東アジアの情報を雑に扱ってしまう傾向を強く持つ人々の間では、既にその中国人の良くないイメージが日本人のイメージの中にも流入してきているようです。

さて、ここまでブラジルにおける日本人の印象を書いてきましたが、出来れば、日本人や東アジア人が侮蔑されてるようなことなどは書きたくはありませんでした。
しかし今回の滞在では、かなり露骨に侮蔑されることが頻繁にあり、これは困ったな事態だな…と思ったんです。
もし、僕が日本人ではなく中国人だったなら、この侮蔑は更にひどいものになったんではないかと予想します。
僕が体験したリアルなブラジルを伝えるという意味においては、その侮蔑された部分も避けては通れないなと思い、隠さずに書きました。
ただ、今回の記事だけでは、いや~な印象をブラジルに持ってしまう方もいるかもしれませんので、そこは今後、ブラジルってそういう部分だけじゃないんだよ、ということでバランスとっていきたいと思います。
もちろん侮蔑の言葉なんて一言も吐かない、ただただ親切なブラジル人もいますからね。

そして、前回も書いた通り、これはあくまで、僕が体験し、感じ、考えたことに過ぎません。
他の旅行者や滞在者の中には、全く違う体験をされた方もいるかもしれません。
まだ日系人が多く住む地域には行ってませんから、そういう地域ではまた事情はかなり違うのでしょう。
そして文中、ブラジル人、と一口に言ってますけど、ブラジル人を一括にするのは、非常に難しいことではあります。
ただ、幾つかの地域を訪れた結果、ブラジル人の日本人に対する印象がほとんど同じに思えたこと、更にブラジルに数年住んでいる僕の友人も、僕と同じような感想を持っていたことから、そんなに偏った見方にはなっていないんじゃないかと思っています。
そういったことを踏まえた上で、以上の記事を理解して下さればと思います。
ではでは。


 

ブラジルにて ② ~日本人の印象①~

ブラジルにいます。
今回はブラジル人の日本人に対する印象について書いていきます。

ブラジルには日系人がたくさん住んでいることは、知ってる方も多いと思います。
ですから、ブラジル人もある程度、日本の文化について知識を持っているんだろうな、ぐらいのことは想像しますよね。
まあ、僕はそう思ってました。
しかし、その知識がどういったものなのか、どの程度浸透しているものなのか、そこに関しては見当もつきませんでした。

で、実際来てみると、なるほどこんな感じなんだと、けっこうインパクトがあったので、報告します。

まず、ブラジル国内には日系人が特に多く住んでいる地域というのがあります。 
代表的なのはサンパウロ州パラナ州です。
僕はそういったところをまだ旅していません。
人種別人口構成で日系人の比率が非常に低いところばかりを旅していますので、あくまでそういったところでの感想になります。

とある田舎街に滞在してた時の話です。
そこは豊かな自然に囲まれた風光明媚な場所で、
イタリア系移民の子孫が多く、日系人は住んでいません。日系人だけではなく、アジア系の人間もいません。
夜、一人で飲み屋に行きました。
場末感たっぷりの飲み屋です。
薄暗い店内を親父が一人で切り盛りし、古くて映りの悪くなった東芝のブラウン管テレビがサッカーの試合を流しています。

客はおっさんがほとんどですが、若者も少しいます。全員地元の連中で間違いないでしょう。

そこに僕が入って行ったわけです。

なんだ、こいつ?

まだ何も聞かれてませんが、そんな視線をひしひしと感じます。

これはこれは、アジア人とは珍しい。

そう思ってるんでしょう。
アジア人が飲みに来ること自体、初めてかもしれません。

最初に口火を切ったのは店の親父です。

お前、中国人か?日本人か?

日本人だよ、と答えると親父は急にテンションが上がり、日本てあーだよな、こーだよなと、その素朴な日本観を語ってくれました。
それを以下に箇条書きにしてみます。

1:日本社会は非常に秩序がある。
2:科学技術が発展している。
3:日本人は礼儀正しい。
4:日本人は頭が良い。
5:経済力が世界一位。

5は明らかに間違っていますし、4もどうだろ?って感じですよね。これは多分日本人は勤勉だ、というイメージが先にあって、だから頭が良い、となっているんでしょう。
他のはまあ、当たってると言えば当たってるのかなって感じですかね。
外国人が思う日本のイメージの典型と言ってもいいかもしれません。
初対面の日本人旅行者に披露するには、当たり障りのない日本人観とも言えそうです。
まあ、親父は店の主人ですからね。
客商売。気も使えます。

ですが、客となるとまた話は違うでしょう。
僕が生粋の日本人だと分かると、この珍客をもてなすべく、老いも若きも興味の色を全面に出しながら近づいてきました。
そして彼らなりのやり方で僕との友情を育もうとしてくれたわけですが、その際、やはり話のつかみは、日本てあーだよな、こーだよなということになります。
そこで示された、彼らの忌憚のない日本観を抜粋し、以下に箇条書きにしますのでご覧ください。

1:目が細い
2:ち○こ小さい
3:女は胸が小さい
4:働き過ぎで全く遊ばない
5:国の面積が小さい
6:家が小さい
7:自然災害が多い
8:犬を食う
9:サソリを食う
10:ジャッキーチェンすごい
以上です。

いかがでしょうか。

ちなみにこれ、けっこうバカにした感じで言ってきてます。
僕はもちろんむかつきました。
初対面ですからね。
一番ノリノリで言ってくるおっさんを本気で殴ろうと思いました。
が、しかし、それぞれの人間の顔を見ていると、ここで怒ったところで意味が無いような気になってきました。
どうもこれくらいの失礼さは許容範囲だと皆が思ってるようだったんです。
こりゃ、だいぶ感覚が違うのかもな…。
なんというか、ここまで感覚が違うとまともに怒る気にもならんです。

しかしねぇ、1、2、3あたりは身体のことですからね、そんなこと言っちゃいかんだろと思いましたし、8、9、10なんて何なんだ?って感じですよね。

犬は… 韓国とか中国のことと勘違いしてるんだろうなぁ。サソリも、多分中国では食べてたりするんでしょう。 ここで、仕方なしに日本ではそういう食材を食べる習慣はないことを説明しました。
韓国や中国にしたってみんなが食べてるわけじゃないよとも言いました。
それでもなかなか信じないんですよね。
後日分かったんですが、ユーチューブに、中国人だと思われる女性がサソリの串焼きを食べている動画があがってまして、ブラジル人はそれ見て大興奮してるんですよ。
中国人ヤベー!ってなってる。
で、中国人、韓国人、日本人はみんな一緒だと思ってる人が多いですから、当然日本人もサソリ食ってることにされてます。
僕的にはサソリだろうが犬だろうが、他国の食文化を卑下するのは、まず止めたほうがいいと思ってるので、日本人はサソリも犬も食べないよ、中国人とか韓国人は食べるからやばいよね!なんて話には間違っても持っていきたくないですし、そもそも他国の食文化を自国の価値観を基準にして一方的にバカにすることがいかに良くないことなのか、というのを、こんこんと1時間は説明してやりたかったんですが、そこまで説明できるポルトガル能力もないので、なかなか歯がゆい思いをしました。
あと、ジャッキーチェンは日本人ではないですね、
これはしっかりと伝わったようです。

自然災害のこと。
これは冗談みたいに言ったらいかんと思いますよね。
ここは露骨に笑ってくるんであれば、本気で怒らねばならないところだと思ったんですけど、幸い、そこまで心無いことは言われなかったので、怒らなくてすみました。

家が小さいってどれくらい小さいと思ってんのかなあと聞くと、もう一般的日本人の家は8畳くらいしかないことになってる。
アパートじゃなくて、一戸建てで。
すげー狭いところに肩寄せ合って生きてて、大変だよなぁと同情されました。
そんなことはないと、一般的な一戸建てはもっと広いし、2階建ての家も多いから、君達が思ってるよりもだいぶ広いよ、と説明してもなかなか納得しません。 
先入観というのは手強い相手です。
そもそもブラジルの家、平均的な大きさは日本のそれと比べてそんなに大きいとは思いません。
庭の面積を含めず、家そのものだけで比べたら日本と変わらないんじゃないの?いや、下手したら日本の方が大きいんじゃない?と思ったりもします。
庭だってみんなが持ってるわけじゃありませんしね。
しかし、この家が小さいというイメージは国土が狭いというイメージとセットになってるものなんですね。
とにかく日本の国土は狭くて、それなのに人口は多い。その結果、人々は小さい家しか持てず、窮屈に暮らしている、という理屈なわけです。
確かに国土に比して人口は多いのかもしれないなぁと思いつつ、だからと言ってそんなに小さい家しか持てないわけじゃないんだということは説明させていただきました。


※次回に続きます

ブラジルにて

今ブラジルに来てるんですよ。
もう来てから半年くらい経ちますけどね。
うろちょろ旅してるんです。
ブラジルに来るのは2回目。

日本の皆さんはブラジルに対してどんなイメージありますかね?
カーニバル。サッカー。人々陽気。治安悪い。
そんなところでしょうか。

ブラジルは地球の裏側。
距離的には最も遠い国の一つですから、普段意識することはないでしょうし、あまりよく知りませんよね。
僕も実際に訪れているとは言え、ただの旅行者ですからよくは知りません。
大きな国ですし、何年も住んだり、全域を巡ったりしないと、文化の深いところや全体像はなかなか掴めないでしょう。
ですから信用度の高いことはなかなか言えないんですが、せっかく旅してるので、僕なりにこの国に対する印象を綴っていきたいと思います。

例えば、先程のイメージで言うと…
サッカー。
これね、実はみんながサッカー好きなわけじゃない。
そんなの言われなくても分かるわって声が聞こえてきそうですが、構わず続けます。
サッカーに興味ない人けっこういます。
熱狂的なサッカーファンが思ったより少ないなって印象ですね。
まあ、地域によってだいぶ違いはありそうですけど。少なくとも全ての地域でサッカーに対して熱があるわけではなくて、あんま興味ない人間が多い街も沢山あるんだなって思いました。

あとね、サッカーそこそこ好きな人と話しますよね。
それで、話のつかみで、“ブラジルの選手知ってるぜ、ネイマールすげ〜よな!”と言っても、あまり喜ばれない確率が高い。
ブラジル代表の10番だし、バルセロナで活躍しているし、国民的英雄なんでしょ?、老若男女から愛されてるんでしょ?って思ってたんだけど、どうもそんな感じじゃないんです。
なんか、素行が悪いのか、生意気だと思われてるのか分からないけど、ネイマール好きってヤツに会ったことがない。
いや、もちろんネイマールファンがいないはずはないし、僕が会ったこと無いだけなんだとは思うけど、これだけ出くわさないってことは、その絶対数が知名度の割にだいぶ少ないのかなぁと思いましたね。
ちなみに、ジーコとかペレの名前出すと、ウケが良かったです。これは若い人と話しててもね、そうなんです。やっぱあれだけ大御所になると、悪く言う人はいないですし、みんなから愛されてるなぁって感じました。
そういう意味で言うとネイマール、まだまだ若くて、国民みんなから認められるようになるには早すぎるってことなのかもしれないですね。

そしてカーニバル。
これ、僕が滞在してた街でもやってましたけど、(カーニバルをやっているのはリオデジャネイロだけではない)僕が仲良くなった家族は見に行ってませんでした。
なんで?って聞くと、あんま興味無いし、人がいっぱいいるから嫌だと。三人姉妹で三人とも嫌いだと。
え!?って思いました。そんなブラジル人もいるの?って。
でも他にも、同じような理由でカーニバル行かない若者に何人か会いました。
とすると、これも考えてみれば当たり前なわけですが、ブラジル人とはいえ、みんながみんな、ノリノリでサンバに合わせて踊ったり、それを見て盛り上がったりしないってことなんですね。
中にはそういうノリが苦手な人もけっこういるんです。
もちろんカーニバル大好きな人が沢山いるのは間違いないですけど。

で、人々が陽気の件。
これは大体イメージ通りでしたね。
陰気な人や、堅物みたいな人も、いないわけじゃないけど、すごく少ないと思います。
一般的に、日本人と比べると誰とでも気軽に挨拶するし、初対面でも物怖じしない印象です。
全然知らないおじさんと道端ですれ違っても、目が合ったらにこやかに挨拶されたりします。
これはよくあることです。
所得格差が激しく、月収で1万円とか2万円くらいで生活してる人が沢山いる中で、
物価は日本とあまり変わらないくらいですから、金銭的苦労を感じている人はかなりいると思うんですが、社会の雰囲気からはそんなに悲壮感を感じないです。
ゴミ箱とか道に落ちてる空き缶集めて、それをリサイクル業者に売って生計立ててる家族とか時々見かけるんですが、多分、収入はかなり低いと思うんですよね。
この国でも収入が最も低い部類に入ると予想します。
それでも、家族で陽気に喋りながら、和気あいあい、楽しそうに缶集めてます。
家族が幸せの源なんですね。
うん、家族愛は非常に強いと思います。
家族、親戚といった血縁関係の繋がりが強くて、何かっていうと週末に集まって一緒に飯食ってます。
子供もパパママ大好きで、思春期でも親と距離取ったりしないんじゃないですかね。なんだか反抗期無さそうです。

治安はね~、悪いでしょうね。
田舎の村のお祭りに行った時の話ですけど、そこで発砲事件があって、撃たれた方は亡くなってしまいました。
原因は恋のもつれ。
若い男同士で一人の女を巡って揉めたあげく、恋に破れた方が腹いせに撃ってしまったようです。
都会の危険なエリアでは銃犯罪が多発してるってのは知ってましたけど、のどかな田舎であっても、銃犯罪は日本では考えられないくらい身近にあるようです。それだけ銃が手に入りやすいってことだと思います。 
今滞在している街はそんなに大きな街ではなく、比較的治安が良いと言われてるみたいですが、既に今年に入ってから銃犯罪による死者が20人程出たと聞きました。 
銀行強盗も起きてます。その様子は防犯カメラに捉えられ、ニュース番組で放送されたのを僕も見ました。
閉店後の銀行に覆面をした男数人が侵入。
各ATMを爆破し、中の金を奪っていくという、大胆かつ、あっと言う間の犯行でした。
結局、後日全員捕まったようですが。

更に、どうも全国的に警官の待遇が悪いらしく、時々ストライキが起こります。
これだけ治安が悪い中での警官のストライキですから、結果は火を見るよりかも明らかですね。
犯罪が多発します。 
ストライキが行われるとなると、あらかじめ危険を察知して、ほとんどの店は営業しないのですが、その閉められたシャッターをこじ開け、中の商品を略奪していく人がたくさんいます。
略奪だけではなく、銃犯罪も当然のように増えます。
今年の1月くらいにエスピリトサント州の州都で起きたストライキの際には、10日間程で100人以上の殺人事件が起きました。 

こんな感じで、比較的治安の良いと言われている街でさえ、日本に比べるとはるかに暴力犯罪が身近にあるわけなんですが、それでも普段街中(スラムなど、非常に危険なエリアを除いて)を歩いていて、殺伐とした空気を感じることはほとんどありません。なんとなく、暴力沙汰に巻き込まれる可能性をあまり感じないのです。
むしろ、日本の繁華街のほうがその可能性を感じる機会が多い気がします。
それはどうしてかと言うと、僕がバカだから… ではなく、まあそれもあるかもしれませんが、基本的にブラジル人の方が日本人よりおおらかな感じがするからだと思います。
例えば日本だと、下手したら肩が当たったくらいで舌打ちされたり、因縁つけられたりしますよね?(僕だけじゃないですよね?)つまり、日本はちょっとのことでイライラする人が多い。気がする…。
ブラジルではさすがに肩が当たったくらいで文句言われたりすることは想像しにくいです。
ですから、繁華街を歩いていて、異様に怒りの沸点が低い人に出くわし、不本意ながらその人の怒りスイッチを押してしまう、なんて可能性は日本の方がはるかに高いと感じます。
ただ、繰り返すようですが、何らかの犯罪に巻き込まれる可能性で言ったら、実際ははるかにブラジルの方が高いですよ。
そこは間違いないです。
しかもそれは死に直結しそうな犯罪です。
でもそこだけ知って、街中の雰囲気を想像すると、ちょっと現実と違うのかなぁと思ったんで、日本を引き合いに出してみました。
ある意味ブラジルの怖いところは、普段、街が見せる陽気でのどかな顔とは非常にギャップのある重大な事件が、いとも簡単に起こってしまうところなんだと思います。
予備知識無く、普通にブラジルの地方の街なんか歩いていたら、ほがらかな人ばかりで、こんなところで犯罪なんか起きようもないと感じるでしょう。
ところが、そんなところでも日本では考えられないような頻度で、殺しただの、殺されただのが行われている可能性があるわけです。

なんて怖いことばっかり言ってますが、僕は今のところ怖い目にあったことはありません。
ブラジル人の人懐っこい優しさにすごく助けられています。
次回は、ブラジルにおける日本人の印象を書いていこうと思います。

幼少期の記憶 〜定住型と放浪型〜

僕は幼い頃、3.4歳の頃だったと思いますが、東京湾を望む丘の上の団地に住んでいました。
そこから一番近い湾内には石油コンビナートが見え、 その向こうには大抵 いつも、いくつかの船が浮かんでいました。
船は気をつけて見ていなければ分からないほど、本当にゆっくり進んでいました。
子供ながらにあんな速度で、恐らくはとても遠いであろう目的地に果たして辿り着くのだろうかと心配でした。
しかし、そうは言ってもきっと辿り着くのだということは分かっていましたから、そ の事実と船の進み具合が自分の中でうまく結びつかなくて不思議な気分なのでした。

その頃、僕は日本や世界の地図が描かれた一冊の絵本を持っていました。
その絵本には地図と共に、様々な国の人々の暮らしの様子が、鮮やかな色使いで描かれていました。
僕 はその絵本が大のお気に入りで何度も読み返していました。なので、そこに描かれた程度の地理については理解していたと思います。
自分が眺めているのは東京 湾で、あの船の行く方向には太平洋があるということも、太平洋をずっと南下していくとオーストラリアがあるということも知っていました。
丘の上からボーっ と船を眺めながら、あの船はどこに向かうんだろうと想像をふくらませているとわくわくしました。
当時の僕には東京湾でさえ広大に思えましたから、その姿さえ見えないオーストラリアやアメリカ、アフリカまでの距離を思うと、その間に横たわる海の想像を超えた広大さに圧倒され、またそれがなんだか嬉しくもありました。
そしていつか海の向こうの土地を見てみたいなぁと思っていました。

そ んな海の向こう、あるいは地平の先、未知のものへの好奇心というのは、僕の中で自然に湧き上がってくるあまりにも当たり前な衝動だったので、これは他の皆 もそうなんだろうと思っていたのですが、どうもそうでもないらしいということには、成長するにつれて徐々に気づいていくことになりました。
当時の僕の記憶の中で、そのことを象徴するようなある出来事があります。
同 い年くらいの数人の子等と、道路に石かなんかで絵を描いて遊んでいたのですが、僕はそのうちの一人の女の子に一生懸命日本列島を描いて見せ、今僕らが住ん でいるのがここら辺で、これが東京湾でこの先が太平洋で、北があっちで南があっちでなんて興奮しながら説明していました。
それで僕が列島の絵に視線を落と し、ますます熱を込めて話をしている最中に、ふと顔を上げると女の子はいなくなっていて、別のグループの所に行ってしまっていたのでした。
この時の僕は “なんでこんなに面白いのに聞いてくれないんだよ!”なんて思ってましたが、後から考えれば無理もないですね。
僕はその子が興味ないことを夢中で話してい たわけです。
人の好みは色々だと知るいい機会でもありました。まあ、この時の女の子にしたって、大人になってから海外をばんばん旅してたりするかもしれませ んし、単純に僕の話がつまらなかったという可能性もありますが、この時分にしては僕が他の子よりは地理だとか、未知の世界だとかに対する好奇心が強かった んではないかという ことを示唆する、一つの印象的な場面として僕の記憶の中には残っています。
女の子だけじゃなくて男の子にしても、皆同じように東京湾を見渡す場所に住んでいたのに、あまり海のほうに興味を持っていなかったんじゃないかなあと思います。

も う一つ、この頃の記憶で印象深いのが家族で車に乗り、おそらくは東京の高速道路を走っている時のものです。
高速の壁が途切れているところから、立ち並ぶビ ル群が見えました。
その威容にすごいな!と興奮するのと同時に、無機質なその姿と、その存在の目的の窺い知れなさに、とっつきにくいものを感じました。
ど うもあのビルの中に人がいて活動していることは想像しにくかったですし、何より温もりを感じなかったのです。
どこまでも続くビル群に、それを造り上げた人 間の底知れぬ力を感じ、単純にその力強さには感動を覚え、その先にある未来に何かすごいものが待っているのかもしれないなと思う一方で、良いか悪いかで 言ったら決して良くはないものもその景色に感じていました。
もちろんそのことを深く考えてみることはしなかったのですが、漠然と大都会に対するイメージが 形作られた時だったと思います。
僕が住んでいたのは神奈川県の東京湾沿いで、団地や一軒家 が立ち並ぶ普通の住宅街でしたが、ところどころに開発されていない林や、草の生い茂る空き地が残されており、そういった場所で遊ぶのが僕はとても好きでした。
まあ、一言で言えば自然が好きだったのですね。範囲は狭いながらも街中に点在する自然に親しみを感じていました。
で、 その頃に、大人になったらあの大都会に出て、あのビル群の中で働くことになると、それが普通であると知ったのです。普通に生きてればそうなるんだと、何の きっかけでか分かりませんけどそう思ったんですね。
それは嫌だなぁと思いました。
あの中でずーっと過ごすということが何とも夢のないことに思えましたし、 自分には合わないなと感じました。 
そして更にビックリし、嫌だなと思ったのが、将来家を買 い、そこに定住し、一生をそこで暮らすことでした。
周りを見れば皆そうしているわけですから、そんなのはうすうす分かっていたのではないかとも思うのです が、当時の僕はどういうわけだか自分もそうしていくんだということにビックリしましたし、激しい抵抗感がありました。
一生同じ場所ですごす?あり得ない なぁ、という感じでした。
つくづく変わっていますよね。
この頃から普通に社会で生きていく素養に欠けていたようです。
しかしこれは僕の中にある自然な傾向でしたから、できる限り叶えてあげなくてはなりませんでした。
僕の傾向ははっきりしていました。
未知の世界に憧れがあり、自然が好きで、一ヶ所に留まりたくはない。
そんな渇望を満たすのにぴったりなもの、それは間違いなく旅でした。
いつか旅に出てやろう、世界を見て周ろう、そんな夢、いや決心とも言うべきものを、この頃にはしていたように思います。

さて、大人になった自分は実際に海外を旅するようになったのですが、自分の旅志向と言うか、その傾向がいつ頃からあったのかなと思い返すと、この3.4歳の頃の記憶にたどり着くんですね。
それで、自分のルーツを確認するような気持ちで懐かしさを感じながら、ここまで書いてみました。

で、前から思ってたことがあるんですけど、
それは、人には定住型と放浪型があるんではないか、ということなんです。
だっ て大半の人は、幼い頃から将来海外を旅しまくってやろうなんてそんなに強くは思わないでしょうし、大人になったら働いて家を買って定住することが当たり前で、そういう将来に対し てなんの不満もなかった人間と、僕のようにふらふらと遠くに行ってみたくてしょうがなくて、一ヶ所に居続けることに抵抗を覚えていた人間とではぜんぜん感覚が違い ますもんね。
僕はこの違いは、ほとんど生まれ持った傾向のようなものとしてあるんじゃないかと思うのです。
だから、日本は定住社会ですけど、一定数、定住に馴染まない傾向を持った人達がいるはずだと思っています。
僕は勝手に、定住に馴染みにくい僕のようなタイプを放浪型と言ってるんですけど、この放浪型には大人になるまであまり会ったことはありませんでした。
ところが旅に行き出すようになると、行く先々でそういう人間に会うことになります。
相対的に数は少ないとは思いますが、確かにいるんですね。これは嬉しかったです。
ちなみに30代も半ばになった今は定住も悪くないなというか、むしろしたいと思ってますね。
ふらふらあちこち行くのもいいけど、一ヶ所に腰を落ち着けることの良さもやっと分かってきました、はい。現実が分かってきたとも言いますね。
金どころか定職もなくて家を買うことなんて夢のまた夢ですが、できるものなら買ってみたいなマイホーム。
大人になったらこんな風に思うようになるなんて想像もしなかったけど、なるんですね。ビックリです。
ではでは。