旅夜話

とある好奇心の航跡

サピエンス外伝 序  チベット編

薄茶けた大地が地平まで,ほぼ平らに続いていた。
唯一遠くに見えるヒマラヤ山脈だけが特徴的な起伏を形成していたが、それとて地平線の一部を成しており、背を低くした世界の屋根は、この広大な大地の単調さを脅かしてはいなかった。
その大地と視界を二分して空があった。
空は信じられない程に澄み、透き通った青色をしていた。
そしてそこを太陽の光が突き刺すように抜けてきていた。
私は、これまで濁った太陽の光しか知らなかったことに気付かされた。
おそらく空気中に浮遊する塵等によって攪乱されて弱まった後の太陽光しか見たことが無かったのだ。
この地、即ち標高4000メートルの西チベットにおける太陽光は白銀。
それは容赦の無い、切れ味すら感じさせる程に直線的な光だった。
本来、太陽光とはこういうものだったらしい。
いやしかし、この光も地球の大気を抜けてきたものであることには違いなかった。
ということはこの光でさえ本来の太陽光とは言えず、濁ったものだということだろうか。
きっとそうなのだろう、そしてこれ以上に美しく鋭い太陽光があるということになるが…、しかしとてもそんなものは想像出来なかった。
時刻は正午をまわり、最も日差しの強い時間帯へと差し掛かっていた。
それでも空気自体はひんやりとしていたが、刺すような日差しは直接私を熱し、加えて高地における重い荷物を背負った過酷な歩行は全身の細胞に発熱を促した為、私は高地に似つかわしくない暑さを感じていた。
しかし時折どっと吹く風は冷たく、体温を奪った。
風は砂塵を舞い上げながら、地平の向こうから吹いてきていた。
そうして風は、この地が基本的にはとても寒い場所なのだということを私に思い出させた。
そんな状況に上着を脱ぐか脱ぐまいか迷ったが、どうやら暑さの方が身に堪えると思い、結局一枚だけ脱ぐとだいぶ涼しくなったし身軽にもなった。
まだ服は3枚着ていたからこの時間なら風による体温の低下は危険な程では無さそうだった。

それにしても、それにしてもだ…。
黙々と歩きながら私は思った。
取り付く島も無い、とは正にこのことだろうと。
土、岩、土、岩… どこまでいってもそれしか無かった。
ここは火星なんですよ、と誰かに言われたならすんなり信じれてしまいそうな光景だ。
頼れるものも、親しみを感じれるものも無かった。
このひ弱な生命を気遣ってくれそうなものは何一つ無かったのだ。
私はそのことにかなりの衝撃を受けていた。
しかしその衝撃を受けている自分には、さらに驚いていたかもしれない。
私は期待を裏切られ、それに衝撃を受けていたようだったからだ。
この荒野に何かを期待をしていた?
どうやらそうだったのだ。
自分が外界に期待しているという事実を、私はそもそも自覚していなかった。
予期せぬ衝撃を受けている自分を感じて初めて外界に期待していた自分を知ったのである。
そして、その外界に対する期待は私にとってごく自然なもので、これまで日常的に抱いてきたものであるらしいことにもすぐに気付かされた。
どうやら今まではその期待に、ほぼ必ず外界が応えてくれてきたために、それがあること自体をはっきり自覚することがなかったようであった。
そう、何かしらはあったのだ。
人や人工物や動植物や水など、とにかくこの身体、この命を存続させるために少しでも役に立ってくれそうなもの、またそれ故に親しみを感じられるものが。
特に日本で暮らしている時にはそれらは普通に存在しすぎていたから、見つけようと意識したり努力したことは無かったのだろう。
しかしそんな中でも、無意識の内に心の触手は四方に伸びて、手当たり次第に周囲のそういった者達に常に触れていたし、心はそこから安心感を得ていたのに違いなかった。
それが習慣になっていたからこそ、心の触手はこの不毛の荒野にあってもいつも通り無邪気な期待に促されて出かけて行き、周囲の者達にペタペタと触れて廻ったのだ。
だが今回は思いがけず、にべもない拒絶に出会い、彼らはうなだれて帰ってくることとなった。
そこに在るのが乾ききった土山と砂岩だけであることは見れば分かった。
そんなのは来る前からも分かっていた。
分かっていなかったのは自分のことだった。
土山や砂岩に慣れ慣れしく何かを期待する程に周囲の存在に期待することが習慣化され、さらにその期待が叶えられないという当然すぎる結果に衝撃を受けるような自分であることだった。
私はどれほど自分が環境に依存し、それを当たり前としてきたかを知らなかったのである。
今の私はまるで、おねだりを初めて親に断られた赤ん坊のようだった。
その期待は叶えられるのが当然ではないものであることをピシャリと知らされたのだ。
依るべきものが無いということがどういうことなのか、初めて感じる類の孤独感の中で、私は理解していた。
そんな中で私が頼れるものと言えば、身に纏った衣服と背中のバッグに入った食料、水、キャンプ道具だった。
それで全部であり、正にそれは命綱だった。
客観的に見て心細い状況とは言えただろう。
しかし確かに私は孤独も無力さも感じてはいたが、恐怖は感じていなかった。
それどころか高揚感さえ感じていた。
今や、とかく複雑に捉えがちだった人生は至極単純なものになり、私には生きてこの荒野を抜ける以外に為すべきことは何も無く、死はすぐそこにあった。
簡単に言ってしまえば、追い詰められた状況が私を割り切った心境にさせていた。
しかし私はこの身を助ける命綱の重さに体力を奪われてもいた。
ただでさえ高地の為に酸素濃度が薄く、体力の消耗度が尋常ではなかったから、30キロ程もある荷物は打ち捨てて行ってしまいたいほどに重く感じた。
一歩踏み出す毎に体力が目減りしていくようだった。
疲れすぎて、30メートルも歩いたら一度座って数分は身体を休ませねばならなかった。
歩いては休み、歩いては休み…、一体それを何度繰り返したことだろう。
どれだけ歩いても一向に近づいてきそうにない地平線を視界に捉え、身体の内部から発する熱を感じ、荒い呼吸音を聞く中で、私はふいにある強烈な感覚に襲われた。

これは何だ?

これは…

これ。
これ、とは他でもないこの自分のことだった。
このような問いは以前にも抱いたことがあったと思う。
だがこの時沸き起こった感覚はそれとは比べものにならない程に強烈だった。
自分のことを、これ、と思ってしまうほどに私の視点は予期せずに自分を離れ、自分を周囲の存在物と平等に見比べていた。
すると私だけがこの荒野において異質な存在だったのである。
土山も砂岩もただそこに佇み、風に晒されるがままになっていた。
彼らは抗ってはいなかった。
風に対してだけではない。
風の働きもそこに含まれる巨大な流れ、即ち、あらゆる存在を崩壊させてゆく力に、彼らは為されるがままになっていた。
彼らは一度は形作られたけれども、その形を維持するようには、その総体としての方向性を持っていなかったのだ。
彼らはただ在り、そして崩壊していくのみであった。
一方、私は抗っていた。
崩壊しまいと、懸命に。
私が感じている熱い体温も、激しい呼吸音も、まさにその抗いの現れだった。
私にとって崩壊は即ち死、それに抗うことは即ち生きることであり、生きることは疑問の余地無く当然のことであるはずだった。
しかし…
私は自分の格好を見た。
今回のトレッキングは2週間は歩くことを予想していたが、その為に用意した荷物は60リットルのバッグに入りきらずにバッグの外側に様々に括りつけられていた。
例えばそれは、とりあえず水場に辿り着くまでにと持ってきたペットボトル入りの水が6リットル、チベットの街で買った煮炊き用の鍋、予備のトレッキングシューズ、それにチベットを歩けば遭遇すると噂されていた凶暴な野犬と戦う為の、どでかいサバイバルナイフであったりした。
後から考えれば馬鹿な荷造りをしたものだと思うけれど、人生で初めての本格的なトレッキングに臨む私にとって、どれが絶対必要でどれがそうでない物かという判断は難しく、とりあえず思いつく物は全部持っていけば間違いないだろうと考えた結果がそれであった。
トレッキングのベテランがこの私の姿を見たら多分怒りさえ抱いたと思う。
荷物を洗いざらい出したら、持ち歩くべきでないものが沢山あったはずだ。
つまりまず、トレッキングという目的に対してその荷物は無駄が多かった。
だが、自分の姿を引いて見て強く感じたのはむしろそこではなく、トレッキング云々の前、そもそもの存在としての無駄の多さだった。
本体に色々と他の物をくっつけている者は、見渡す限りの世界で私だけだった。
控えめに言ってもその姿は実に珍妙に見えた。
もちろん自分が大真面目に生きる為のことをやっていることは理解していたが、それでも少しも当然のことをしているようには見えず、滑稽ですらあったのだ。
私はそこらに転がっている岩を改めて思った。
岩達は何も願ってはいないだろう。
存在し続けようとさえも。
そして当然何も必要としていない。
しかし数百年、あるいは数千年以上彼らはそこに在り続けるに違いない。
その単純で無駄の無い、ただ在るのみの在り方に私は何の疑問も違和感も抱かなかった。
一方、私は存在し続けることを望んでいた。
その望みを叶える為には多くの物が必要で、それを私は実際に持ち運び、大変な努力をして崩壊に立ち向かっていた。
だがそれでも私は無欲な岩達よりもはるかに早く崩壊する。
ジタバタと一際騒がしく崩壊に抗いながら一際儚く崩壊するというその在り方が、当然のものだと思えるはずがなかった。
そこには明らかに説明が必要だった。
例えばそれはこのような在り方である理由や目的といったものだ。
だが私はすでに気付いていた。
それらを自分が知らないことに。
そうなのだ。
この事実こそおそらく、私が自身に感じた滑稽さの根本にあるものだった。
これほどがむしゃらに崩壊に抗いながら、しかしその意味を知らないということ。
自らを維持するために自らを押しつぶす程の物質を纏い、息も絶え絶えによちよちと移動するその姿、それは訳も分からずに抗い足掻く私の内情までをも的確に表現していた。
いやいや、このアホっぽい様はこの荒野においてトレッキングしているという特殊な状況下にあるからであって、この時に限定されているのではないか?
そうも思ったが、しかし違う。
私はこれまでもずっとこうだったのだ。
多くの物を必要とし、ちっぽけな自分の体を維持するためにその何百倍、何千倍もの物質を直接、間接に使ってきたし、そしてどこにいようと大した時間は存在出来なかった。
その、訳は分からないがともかく生き、閃光のように消えるというその在り方の輪郭が、今くっきりとこの荒野において浮かび上がっていたのである。

そして、さらなる疑問が顔を覗かせていることに先ほどから薄々気付いていた。
それはこのような一連の思いを浮かべ続けている、意識の存在についてである。
これぞ一番不思議なものではないか。
自らとこの世界を認識し、それらについて考え、生きることを願い、しかしそんな自らの性質を疑問に思っている主体であることは、崩壊に抗っている主体であることよりもさらに奇異なことに思えた。
そして、なぜだかこの意識はとても大事なものである気がした。
呆気なく消え失せていいものだとはとても思えなかったのだ。
それが自分自身であるからだろうか。
それはあるだろう。
でもそれだけではなく、この意識がこの世界に存在することの客観的な意味のようなものがあって良いような気がしていた。
きっと視界に入る土山も砂岩も空も雲も、何一つとして自らとこの世界を認識していない。
私だけがこうして世界を認識しているのだ。
このことに何か大事な意味はないのだろうか。
こんなものが何の意味もなくこの世界に在るはずがないのでは?
しかし私は疑問は抱けてもその答えは知らなかった。
ただ不思議だと思う気持ちが増していくのみだった。
それに仮に意識が大事なものだとして、何故それがよりによってこの荒野で最も儚い存在に備わっているのだろう。
こんなに大事に思える意識が、呆気なく消え去っていくことは大きな矛盾に思えた。
やはり私の意識には何の意味もないのだろうか…。
さて、どうやら私は迷子だった。
存在としての迷子だ。
やたら力んで前に進んではいるものの、その実行く宛も知らず、どこから来たのかも知らない、迷子だということさえ今知った迷子だったのだ。
私は目が覚めたような気がしていた。
お前は本当に何者なんだ?
自分が、自らの存在としての根拠を強烈に欲しているのを感じた。
この奇妙な運命を全うすると言うのならせめて、自分が何者なのかを知りたかったし、どこから来たのかを知りたかった。
すると自然と私は思いを馳せていた。
事の始まりへ。
土山や砂岩といった抗わない者達と、私のような抗う者、対照的な性質を持った両存在物のうち、どちらかと言えば抗わない者達の方が存在としては自然で、説明を必要としない存在に思えたのに対し、私のような存在の仕方には多くの説明が必要に思えたというのが前述した通りの素直な感想だったし、更に、抗う者は抗わない者が無ければ存在出来ず、その上に立つことすら出来ないのに対し、抗わない者は抗う者無しでも存在出来るであろうことから、土山や砂岩などの方が、抗う者より先にこの世界に在ったのはほぼ間違いなかろうと思った。
とすればそこから物語を初めても良さそうだ。
まず、大地が在ったと。
ではそこに在った抗わない者達の間から、どのようにして抗う者が現れ出たというのだろう。
両者の距離は果てしなく遠いように思えた。
別に抗わない者が変化して抗う者になったと考える必要はないのかもしれない。
しかし他には何も無かったのだ。
それに、私が死んだら私の体は土に還るに違いない。
であればやはり私の体は土に由来すると考えるべきだろう。
では、なんのきっかけがあればこの抗わない土や岩が、抗う者へと変貌を遂げるというのだろうか。
その変貌を促すには特別な力が必要に違いない。
例えばそう…、それはこうして考えを巡らせているこの意識のような力だ。
それは意志を持ち、抗わない者達に働きかける。
そして抗わない者は意識を与えられる。
するとそこに、“自ら”が出現し、“自ら”は“自ら”を維持しようとし、そこに崩壊に対する抗いが生じるのだ。
では抗わないものに働きかけて意識を与える大元の意識はどこから来たのだろう?
はて…。
私は空を見上げた。
真っ青な空を。
鈍重な私の身体は大地に縛り付けられていたが、私の意識はどこまでも飛翔出来た。
この身体は大地より出で来たのかもしれない、だが自由を欲して飛翔し、自らの境遇に不思議を感じている、この不思議な、まさに私自身であるところの意識の生まれ故郷があるとすれば、それはあの空の向こうではないだろうか。
そんな気がした。
が、どうだろう…。
いやいや、ちょっと待てよ。おかしいじゃないか。
私はもっと前に当然気付いておくべきだったあることに気付いた。
私は日本で人並みに学校教育を受けてきていたし、その中で幾つかの生命誕生に関する説について知る機会を得ていた。
その中に、太古の地表のどこかの水溜まりで、あるいは深海の熱水の噴出口付近で、様々な分子が反応して有機物になり、やがてその有機物が自己複製をするようになり、それが生命の最初の段階となったというものがあった。
地表の水溜まりと深海の熱水噴出口では場所が違うし、従って両者は異なる一つ一つの説ではあったが、水中こそが生命誕生の舞台であるとしている点では共通していた。
私はこれらの説が科学的に最も信頼できる説とされているのだと認識していたし、私自身、科学的な探求の手法に敬意を持っていたから、数在る生命誕生譚の中でも、この説が最も真実に近いのだろうと思っていた。
少なくとも乾いた荒野の岩の中から生命が誕生したのだと主張する説を私は知らなかった。
だから私がこの地で、乾ききった土山や砂岩と私自身を結びつけようと思いを巡らすことは普通に考えておかしなことだったのだ。

でも、私はそうした。
それはほんの少しの間のことだったかもしれないが、私は確かに両者の間に横たわる果てしない距離をどうにかして埋めようとしたのだ。
そうしたいという欲求にかられたのは認めなくてはならない。
結局、過去に教科書だか本だかで読んだ、科学的な生命誕生説は、私の中で身になってはいなかったようだ。
有り得る話なんだろうとは思っていたが、心底信じていたかと言えば、そんなことは無かったのである。
水溜まりだろうが深海だろうが、そこに浮遊する有機物と現在の私との繋がりを実感しようとしたところで、それは到底無理な話だった。
ところがこのチベットで、たった一人で歩いている私の前には圧倒的な現実たる果てしない無機的な大地があった。
この地は私に、生命が無い状態とはこうなのだと主張していた。
そして私の頭の中から太古の水溜まりや深海の熱水の噴出口のことなどは、どこかに飛んでいってしまっていたのだ。
私には世界は眼前のこの大地でしかなく、そこに単独で生命、そして意識として私は対峙していた。
自分がこのような存在である理由を求めた時、どうにかしてここから、この無機的な世界から生命と意識を紡ぎだし、私へと導かなくてはならない気持ちにかられた。
圧倒的な沈黙をたたえた堂々たる現実を前にして、まるで非現実的な私は、吹けば飛んでしまいそうな、だが確かに存在する私は、自らをこの世界につなぎ止めようとして物語を頼った。

物語…
ああそうか…。
これだったのかな。
どうやら私は、大昔から人々が繰り返してきたことをなぞろうとしたのかもしれなかった。
つまり私が求めた物語は、たぶん神話と呼ばれてきたものだったのだ。
私が求めた物語に具体的な神が登場しなかったとしてもそれは恐らく本質的なことではなかった。
自らや自らの属する集団を、この世界に位置づける文脈を与えてくれる物語であることこそが、きっと神話に一番求められることだろうからだ。
私はまさに自分をこの世界に位置づけ説明を与えてくれる文脈を探していた。
もちろんかつて神話を求めたその全員と同じ心境だったわけでもないだろう。
もっと意図的に、あるいは策略的に、集団や自分の為に神話を求め、創った人もあったかもしれない。
だが少なくとも私と同じような気持ちで神話を求めた人々が沢山いたはずだと思った。
この世界のどこかで…、そこは荒野であったり、海辺だったり、森の中だったりしたかもしれないが、その場所でふと自らに不思議を感じ、孤独や、あるいは存在としての唐突さを感じた“意識”は在っただろうし、そういった“意識”の中には人としてこの世界にあることの脈絡を理解しようとし、生命の始源から、あるいは世界の始源からの物語を思い描き、その中に自らを位置づけようとした者が在ったはずだ。
今の私にはそのことが信じられた。
以前の私は生命の始源からの物語の中に自分を位置づけようとすることを、切実に願うことがあるなどとは思ってもみなかった。
そのような気持ちを人が持つということも実感として分かっていなかった。
私が今までその強烈な気持ちを感じてこなかったのは、身の回りに気を紛らわすものが沢山あったからだし、世界の中に裸で放り出されていたわけでは無かったからだろう。
これも今になって分かる。
私はまず、人の作った文明の中に在ったのだ。
それでも私は自らの存在について本源的なところでの不思議を感じ、文明という枠を越えて自然の中に自らの脈絡を求めたいと思ってきた人間ではあったが、その動機は今しがた感じたような切実なものではなく、むしろ純粋な知的好奇心と呼び得るものだった。
つまり自らをこの世界や生命の始源からの物語の中に位置づけておくことに、必要性までは感じていなかったのだ。
私が求め、知っておくべき自らの文脈があるとすれば、それは人間社会という枠組みの中でのものだった。
例えば自分の出自である家族や家系、あるいは友人関係、所属する学校や会社などの組織、さらに地域や国、といったものがその要素である。
それらを分かっていれば、自分を規定づける文脈の構成としてはほとんど十分で、その中に自分の座標を求めることが出来た。
だがこうして広大な荒野に一人置かれてみれば、人間社会に於ける自らの座標など、当然何の役にも立たなかった。
私は何にも紐づけられていないという束の間の自由を味わったが、結局、再び座標を求めることとなったのである。
何の文脈にも属していない自分になど耐えられなかったのだ。
しかし、今度は人間社会における私という個人の座標ではなく、この世界における人間の、そして生き物の座標を割り出さねばならなかった。
私が自らに感じた不思議さというのは、この世界に生き物として在ることや、人として在ることのそれであり、決して人間社会における私という人格的個性のそれではなかった。
崩壊という奈落へ全てが流れ落ちていく世界にあって、その流れに儚くも逆らい、そして同時にそれを認識し意図もする意識として在り、なおかつ何故崩壊へ抗うのか、なぜ意識として在るのかを分からないでいる自らを不思議に思ったのだ。
その不思議に答えようとするのなら、この世界にそういった性質を持った存在が有り得ることを説明する文脈を求めなければならなかったし、その中にこそ私が得たい自らの座標があった。
そしてその文脈を得ようとする想いの切実さこそ、自分に文脈を与えてくれるあらゆるものから切り離されたことで私の中に生じたものであり、おそらく、神話を備えた集団に包容される以前に、物事の前後関係を理解し、文脈を捉える能力を持った人間の意識が自らに感じたであろうものに違いなかった。
これだったのだ。 
広大な自然界に裸の意識としてあることとは。
自身の脈絡を求める私の想いに世界が応えてくれるとは思っていなかった。
それでも私は問いを、ただ消え行くしかない問いを、虚空に放っていた。
私は物語を欲した。
その想いは私の存在の奥底から放たれる咆哮であり、おそらく祈りと呼んでもいいものだった。
私は自らを救おうとしていたのには違いなかったのだから。
そして問いを放った私は、ちっぽけだがここに在り、在ろうとし、しっかりこの世界に立とうとする自分をはっきりと感じていた。
そんな自分を愛おしくも感じた。
そしてかつて同じものを感じ、虚空に問いを放ったであろう人々にも愛おしさを覚えた。
人は自らの無知や無力を感じ、祈り、そして物語を求め続けてきたのだ。
その系譜の末端に自分が在るということに、私は確かに暖かな気持ちを抱いていた。

がしかし…、それだけではなかった。
同時に苛立ち、あるいはもどかしさのようなものも感じていたのだ。
やってしまった。
これは罠だ…。
陥ってはいけない罠。
人が陥りやすく、自ら作りあげる罠だ。
そんな声がした。
安住の地と成り得る物語を見つけようとした。
見つけたと思った。
が、それは幻想だった。
人は常にそんなことを繰り返してきたのではなかったか。
人は、ほとんどどんな物語でも信じれることをその歴史の中で証明してきたではないか。
人が今まで信じてきた神話の中に真実の物語と言えるものが一つでもあったのか。
私がその答えを知るはずもなかったが、だが少なくとも神話と呼ばれるものであればそれは常に自らが世界の真実を描写した物語であることを主張した。
物語の内容が真実かどうか確かめる術を人は往々にして持たなかったが、それでも人は神話を信じた。
神話を信じることで人は秩序を持った集団を維持出来、その結果多くの喜ぶべき事が成し遂げられたことだろう。
その一方で、人は神話に縛られ、異なる神話を持つ集団同士は殺し合いさえしてきた。
巨大な集団を維持出来るのが神話の力なら、巨大な戦争を起こすことの出来る力もまた神話の力なのだ。
そして…
人が歩んできた道を振り返れば、用済みになった神話のその屍が延々と連なっている。
後になってみれば、ほとんどの人にとって先祖が何であんな物語を信じていたのか分からないというわけだ。
ところがそう思いながら、自分はしっかり別の神話を信じ、その神話もやがて葬り去るということを、繰り返してきたのが人間ではないか。
そう思っていたから、私は神話と呼ばれそうな物語全般から、ある程度距離をとろうとしてきた。
気を付けなければ簡単に物語に取り込まれ、真実から遠ざかってしまう。
本当の世界を知りたいのであれば、世界を描写したとする物語は警戒すべきだった。
ところがだ。
たった今自分は自ら進んでそのような物語に身を委ねたがっていた。
この世界に生きるために、その必要性さえ感じていた。
誰か、知っていると思える人に、“真実の物語”を与えられたならいとも簡単に信じてしまいそうだった。
その物語が真実かどうかを吟味する前に。
身を委ねられる物語であるならおそらくそれで良かった。
この依るべき物の無い世界に自分のことが分からないでいるのは不安だったし、物語を求める祈りのような気持ちは美しいものだとさえ思った。
人が神話を求めるのも当然だと思った。
そして私の中に、この世界の真の姿を地道に探求するのではなく、この世界を人が信じたいように勝手に解釈することを肯定する気持ちが生まれていた。
人にはそうせざるを得ない時もあるのだと。
この世界を物語化したものを真実かどうかに関係なくさっさと信じることは人の弱さだと言えるかもしれないが、同時に強さでもあったのだ。
そうすることで、人は割り切って力強く生きていける。
しかし、自分がそう思ったことが残念でもあった。
人が真実の世界ではなく、信じたい世界を信じることが当然だと思えたことが。
私は、人は信じたいものを信じてそこに立ち止まるのではなく、真実を求めて旅が出来るのだし、自分はそうありたいと思っていた。
そもそも、そう思ったからこそ、この旅を始めたのだ。
その気持ちは今でもしっかり持っていた。
ただ、今は真実を求めることはそんなに当然なことでも簡単なことでもないし、信じたい物語を人が信じることがどこか愛おしいものであることも理解していた。
この世界で生きる、ということを前にして誰もが真実に対する好奇心や探求心を持っているわけでも、持ち続けられるわけでもないのだ。
まあでも、結局、良かったのかもしれない。
たぶん私は以前より少しは寛容になれていた。人にも自分にも。
だがそれでも、自分なりの歩みを止めようとは思わなかった。
好奇心に任せてこの世界を見て、知る。
それこそ、今でも尚、私が最もやりたいことだった。
自分の不安や恐れで、あるいは希望や期待でこの世界を染め、それで満足するわけにはいかなかった。
さっきは不思議から生じた不安が自らの存在の芯を食っていたから大きくグラついたが、時間が経つにつれ徐々に私の中で不安は薄れ、代わりに好奇心が育ってきているのを感じた。

私は何も知らない。自分のことも、この世界のことも。

それは恐れるべきことではなかった。
私はいつしか不思議を喜び、その喜びは旅の推進力になっていた。
飽くなきちっぽけな好奇心の前に、どこまでも続く広大な世界が広がっていた。

それはそのまま未知のフロンティアだった。
旅は始まったばかりだった。